優しい中にも影があり

廻天小路、32年前に長男としての生を受ける。「正解への小さく細い路を難なく渡れるように」という意味を込め母親が小路と名付けた。

 

両親は所謂「できちゃった婚」という過程で結婚をしており、本当の意味での愛情など実在してはいなかった。些細な事で喧嘩を繰り返し、仲直りするという事もないため夫婦の不満、憎しみ、溝は大きく広がっていくばかり。それが募ってまだ赤ん坊だった頃の小路にネグレクトを働くようになった。

 

小さい我が子がわんわん泣き喚いても、そこには誰もいない、カーテンの閉まった薄暗い一室。暴れる小路のリズムに合わせて揺りかごが小さく揺れる、本来は両親が優しく丁寧に揺らし眠りと癒しを与えるはずなのに、一向に誰も帰ってこない。

 

お腹が空いても喉が渇いても、泣いた後は疲れて眠るだけ。次第に体は痩せ細り生存すら危ぶまれる領域にまで達したという。この時、廻天小路という赤子は1歳にも達していない。自分の人格や意識を深く持つ前に命を終えてしまうかもしれないという不安すらも覚えることができない。出来るのは、不快感を取り除いてもらおうという人間元来の意思の元、泣く。泣くのは赤ん坊の仕事とよく言葉としては聞くのだが、これは事実、まごうことなき事実。

 

だが泣いて誰も動かないならもうその先の人生は無いも同然。

 

後に引き取られた児相(児童相談所)の担当者から当時の話を聞いた小路曰く「もしかしたら、ご飯食べたい、おむつ替えてという涙ではなく、本能で終焉を悟り泣いたのかもしれませんよ?案外子供は賢いものです。」と語る。

 

前述した通り、公共機関の頑張りにより間一髪の所で児相へ引き取られた小路。だが当時の法律では、親子を完全に引き離すことが出来なかったため、やせこけた体の回復と心身の安定が見込まれてから改めて家へと帰されることとなった。

 

育ってきた家へと帰される最中、母親の腕の中に包まれた小路はいきなり泣き出した。化け物に喰われる寸前、嫌だ、殺さないで。今にもそう喋りだしそうなほどに酷く泣いた。無慈悲にも児相の過度な対応はここまで。また日常を送ることになる…

 

だが次回このような事が発覚した場合の対処を恐れた両親は渋々金銭を払い、今で言うベビーシッターを雇い始めた。そこからは至って普通の子供と変わらない栄養を摂取し、言葉を話し自らの足で歩くようにまで成長した。血のつながった愛情は枯渇したまま

 

廻天小路5歳

 

妻のことも小路のことも好きではないのに何故自分が育て養わなければならないのか?という夫の身勝手な思考回路はついに暴走列車と化す。幼い小路と専業主婦の妻を置き去りにし、一人どことも知らぬ土地へ駆け出したのだ。この時、妻は大いに悲しみ暮れ、今後の「養育費用」についてのみを深く考え込んだ。小路の事は無論二の次。

 

この時の出来事を、小路本人はこう語る。

「うーん…やはり5歳ですから、記憶はだいぶ断片的になりますけど…一つ間違いなく言えることがあるとすれば、やっとか。みたいな感情だったかと思いますね。当時の私にとっては二人とも悪魔にしか見えていませんでしたから、その片割れが己から去ってくれた。多分寂しいなんかより嬉しいという感情が突出していましたね。」

 

「後は…もうベビーシッターさんの事をお母さんだと思うようにしてきたので、今でもその方への恩だけは一生忘れられません。」

まぁ、そのベビーシッターは小路が5歳となってからすぐに辞めさせられてしまったわけだが。

 

ここから母親は小路への歪んだ思いの先行と、自己が得をするための方策にひた走る。

まず今までの貯金の大半をはたき、小路を様々な習い事に通わせるようになった。英会話、習字、そろばん、塾等、まだまだあるがここでは割愛。家にいる時間も、自由が10秒あればいい方だった。

 

ここから小中高と母親の過密なスケジュールに縛られ続け、友達付き合い、恋人、仲間なんか作れるわけもなかった。少し話すにしても母親から「あの子は服が汚れているから見るからに貧乏、あの裕福そうな子に媚びを売って仲良くなりなさい」のようなあくどい言葉を吐かれ誰かと関わろうとすら思えなくなった。

 

一応成績は小中高全てでトップクラス、教師や習い事の先生から大褒めを喰らったがあまり嬉しくはなかった。文字通り血反吐を吐くような環境下で、自由もないままただ大人になっても価値観が尖り、こだわりを捨てられず、自分まで心が醜くなっていくような気がしたからだ。

 

己だけは良心を保たねばならない。絶対に

その思いを自身の中で具現化させるために、いつもニコニコ笑顔で優しい声色を操り人々を労い自己犠牲の精神で日頃の生活に臨み始めた。

 

現在の小路が人と接する時の原点がここにきて出てきた。

 

さて、ここから高校、大学、研修医、現在と続くのだが、一旦はこのへんにしておこう。続きの話はまた次回の更新にて記載をしておく。

 

まだひまわりは咲かない。